スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサードリンク

[12.12.12] 「合意。決着。」その後。













読まなきゃよかった

書かないで欲しかった










わかってる

知ってた

結局

私に求めていたのは

「現実」なんかじゃなくて

「安心感」なのだと。










初めてではないのだから。

こういった反響は。

昔からの訪問者なら、思い出せるだろう。










ブログを始めて、ほんの3年間

紆余曲折、色んなことが起こって

普通に生きてたら一生聞かなくて済む、それはもう多種多様な暴言を散々くらって

イヤってほど色々な免疫がついた今だからこそ、

あっけらかんとしていられるけれども










何もかもが、初めてだったあの時は、

酷い精神状態だったと思う。

痛かった気がする。

今回みたく、ちょっと胃が痛いなんてもんじゃなかった気がする。

コメントの数々がヤスリみたいで、

実際の陣痛で「臓器が痛い」と感じたのを覚えている。


今となっては成長痛だったのさ、と失笑できるけれど









当時は、

1日20万を超える人の見守る中

毎回、1000個を越えるコメントが投下され

東方神起に、何かちょっと些細なことでも起こるたび

同じファンの立場でしかない私に、救いを求めてきた。

(そりゃ韓国在住の韓国人だし長年のファンだから、

少しは調べられる資料も多かったかも知れないが。)












まぁ私自身、何らかの使命感に燃えていたし

心から、なんとかしたいと思っていたから

歯を食いしばって、頼られるがままになったけれど

結局は、助けられる立場でも無ければ、何も知らない、同じファンの立場。

それでも事あるごとに

がっちゃんタスケテ、がっちゃんオシエテ。










そのくせ、

私が少しでも、現実的な話を匂わすと

「不安を煽った」「読まなきゃよかった」

おかしいな。願いどうりに応えようと頑張ったのに。

少しでも力になろうと努力して調べた結果なのに。

おかしいな。











おかしいもんか。

結局、

タスケテ、オシエテの言葉の後ろには

「安心させて」

という意味しかなかったのだから。











結局、

その人達が私に求めていたのは

「真実」「意見」なんかじゃなくて

影響力ある人からの

「安心感」なんだな、と、

その時、やっと気づいた。










今回だって、そう。










オイオイ

そんなに

「言って欲しい言葉」だけが欲しくて

「不安な言葉」は1mmたりともいらなくて


駄々をこねるくらいなら

あたたか文集とかやさしい名言集やらの本でも一生購読してりゃいいじゃねーか











欲しい言葉を言ってくれないからと言って

気分の晴れない、余計な事を聞いたからと言って

駄々をこねる人々は

ニュースや新聞を見て、ちょっとでも生活が不安になったら

事件や事実よりも、嫌なニュースを報道した記者を叩くのか?











そんなワケ無いべ?

じゃあ何で、「ファン生活」だけは、異常なほど無欠点でいたがるんだ?

言っとくけどよ、

結局は同じ人間なんだぜ。

変なことを忘れてないか?

ファンとして、好きなスターに言うまじき台詞かも知れないけれど

あいつらだって、そこまで「神聖視」するような存在では無いじゃねーか











もちろん、

何だ何だか分からない「もどかしさ」は分かる。

私としても伝えられなくて苦くて申し訳ない部分だが

「彼らに気がかりな要素があるなんて聞きたくなかった」

とばかりの、この反応はなんだ。










この文章を読んでるあなたが

ふだん、いつも、何かしら問題を抱え、大小さまざまなストレスをもって生きてるように

彼らも、そうやって

見えないところで、色々抱えて生きているに決まってるじゃないか。


それを認めるのが、そんなに我慢できないことなのか。











しかもこちとら、知りたくない事を知ったっつってんのに

自慢した、だのと言ってくる人間には心底驚いた。

てかその発想はなかった

ひとの精神的な疲労や心の状態なんて微塵も気にせずに

羨ましがったり、妬む事にしか思考が届かないような人間は


こぶを取る事にだけ目がくらんで

こぶを余計にもらってきた、こぶとり爺さんの欲張り爺さん
みたいな人なのだろう。











でも、まぁ

一応。

前回のは、

私がいきなり(こちらからしたら、突発的でも何でも無く、前触れすらあったはずだが)

不安を煽る文章を書きやがった

と、感じさせたのは事実だし

あれじゃ、あまりにフォローが無さすぎたのとも思ったので

その件に関しては、フォローしておきたい。










昔、

3人側への擁護と応援が、疑いと覚醒に変わった瞬間にでさえ

ブログで、下手なことは言えなくて。

でも、何も言わないには

あまりに怒りやショックが強くて。

でも、ファンの皆様に、

私と同じショックや混乱をさせたくなくて。

「事実」も、「安心感」も与えられない

ということに、絶望した時。










大様の耳はロバの耳!…とまでは叫べず

大様の身体の一部は、人とちょっと違うんですよ~、と呟くくらいの

ほんの、

匂わすだけの

「49」という記事を書いて、大騒ぎをさせた。(←クリックで詳細)











しかも

面白い事に、

その時あまりに辛すぎて、

誰も来ないからと、唯一本音を書いた韓国の小さな個人ブログに書いた文は、

後になって、アンチから鬼の首を取ったかのように晒された例のアレ。(←クリックで詳細)










今となって明かせば、49というあれは

3人を擁護してた時に

「私の書く記事は鵜呑みにしないでほしい。51%くらいだけ信じてくれればいい」(←クリックで記事の詳細)

と言ってたのに

「実は、まさかの残り49%が正しかった」

という意味での49。











なのに、

4月9日だの4+9だの死の4に苦労の9だの誰か死ぬだの、

的外れな予想を散々書かれたワケで。

だからと言って否定も説明も出来るわけなく、頭をかきむしるばかりだった。

だから、

このフォローを読んだらちょっとは安心して

今回ばかりは、何の憶測も生まれない事を願う。











一言でフォローする。

これで十分だと思う。




私の「気がかり」は

人によっては

「むしろいいじゃん!」。





つまり。

私のような人達にとっては、相当気がかりかも知れないけれど

残り50%の人からしたら、逆だということ。











画面の前のあなたが

そのどちらであるかの確立:50対50。

それならば、あなたに都合の良い様に考えれば良いのだ。

自分はきっと、残りの50%だと信じて生きてけばいい。

ようは、

「ファン100人中100人が悲しんだり嫌がる問題では無い」ということ。

そこだけは、安心して欲しい。










ただ、いつかは

いずれ可能であれば話だけど、

ちょっとでもなんとかしたい、とは思っている。

ホコリのような小さい悪あがきであれ。何年かかろうと。

その時に、私と同じ意思を持った人が一部いれば、協力しあえばいい。











前回の記事を書いたこと、反省や後悔が少しも無いなんて言えない。

いかなる非難も、その通りだ。確かに、ごもっともだ。

まだまだガキだ、私は。

幼い。


26歳、という歳が幼いというのではなく。

口にしない方が良いと分かっていても

自分にすら得は無いと分かっていても

どうしても爆発してしまいそうになる。

青い。ガキ。血気盛ん。無鉄砲。











そんな私だから尚更

不安のかけらの1%も無い、潔癖なファン生活、したかった。

聴きたい事、知りたい事だけ知って、平和なファン、したかった。


でも、

受け入れてきた。

人のせいするなんて、これっぽっちもしなかった。今後もしない。

「不安」てのは、言葉通り、嫌な感情だ。

そのせいで気分が悪いってのは

こちとら、同じだ。










2年前だって。

好きだった3人に対するショック、あんなの、受けたくも知りたくもなかった。

ずっと信じてきた人達への、

あまりに大きいショックだったから。










それすら認めたくなかった人は、

私に非難の矛先を向ける事で、少しはうっぷんをはらしただろうけど

それでも、

私は

「ファンとしての大前提」だった、ジェジュンと2Uを手放してさえ

自分の納得の行く方を選んだ。


それだけのこと。











・・・それだけのことでも

「好きなスターに対する神聖視、ファンとしての潔癖症」

私にそんなのがあったら、無理だったと思わないか?

2年を越えた今も尚、3人の言葉を信じるとか言ってたと思わないか?

それが無かったお陰で、

2人の東方紳起を応援して、

少しでも、守ることが出来たんじゃないか。











「なにひとつ、心配事なんて有りません!」

とばかりに、黙っているよりは

ちょっとでも問題定義しながら、

少しでも正しい方向に持っていく方が、長い目で見てよっぽどマシだと思うのだが、どうだろう。

ちょっと唾を吐かれようが

潔癖症になるつもりは無い。

キレイな雑巾なんて、周りをキレイにしていないじゃないか。

汚れた雑巾だからこそ、周りをキレイにさせた証拠なんだ。











ただ今回は、含みのある書き方をして

イライラさせたのは認める。

そりゃそうだ。

実際、含んだのだから。









向き合ってみたかった。

一瞬でも。一緒に。









ちょっとでも何か匂わせたくらいで

「気がかりなんて言わないで。不安でさえもイヤ。耐えられない。」

って人は

後になって手もつけられないくらいに、何かしら起こったとき、


(念のため言って置くが、あくまで「例えばの話」であって

「何かしら起こる」という意味ではない。ただの例なのでご安心を…。

と、いちいち親切に書いてあげないとダメなくらい、ファンというのは脆く敏感すぎる。)



そんなに脆くて

どう耐えるのだろう。

その時になってまた、私のブログに、タスケテと言うのだろうか。










20代。

まだまだ、人生これから。

生きてきた時間より、今後の時間の方が、もっともっと楽しみな

才能ある若い青年達。


だからこそ

問題、不安、悩み、絶望感が、彼らを再度襲う可能性、

起こらないわけないだろう。

あるに決まってるだろう。

そのたび、耐え切れず離れてゆくのか。

また、ひとに甘えるだけ甘えといて、責任転嫁するのか?











彼らに一生、悪いことなんて何も起こらず、

永遠に絶対的な安泰だったら

それのどこが人生だっつうんだ。













とまぁ。

長々と書いたものだ。

どれだけ伝わったかは分からない。

せめて半分の半分くらいの人に、少しでも伝われば幸いだと思う。








こちとら、そんなことより、


もう少し、


5人と2Uとの離別を悲しんでいたいっていうのになあ。

もっとずっと噛みしめても足りないくらいの、悲しみなんだから。


前回の記事も、どちらかといえばその悲しみに関する記事だったってのに。











ただ、こんな、

出来れば書きたくも無い、

こんな長ったらしい文章が無くとも

心を汲み取って、

理解して、

共感して、

激励してくれる

懐の大きい人達には


心から頭が下がる想いだ。











拍手コメントや、メールを読みながらも

駄々をこねる人には、微塵も起こらなかった謝罪の気持ち(どころかブチ切れた)

寧ろ、

何も言わずとも、励ましてくれる人には

感謝と共に、急に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

こんな温かい、やさしい人達に


こんなモヤモヤを、少しでも共有させてしまって










申し訳ないと、

ごめんなさいと。











PS.
それでも、
私を苦しめる駄々っ子にさえ、
感謝だけはしている。

炎上した個人ブログでよく見かける
「文句言うなら来なけりゃいいじゃん」
という言葉、私は言わない。
その文句でさえ、興味の欠片。
非難でさえも。

向き合ってくれて、ありがとう。
自分のことだけでも精一杯な、こんな冷たい世の中で。

スポンサードリンク

Category

掲示板(BBS)



 
  現在 人がこのページを見ています。  
  ↑ 死ぬほど大好評販売なう。

→ Index画面へ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。