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ナ~~~~ン、アラヨ! 【 ソテジ世代~1世代~2世代へ】









えー この度は、

震度264ことがっちゃんとの時間旅行にご一緒頂きまして

誠にありがとうございます。





言っても、別に時系列をぴったりと合わせてツアーをするつもりはありません。

大体の場合、気まぐれまぐれです。

ちょくちょく、予告なしに2010年に寄り道したりもします。





てな訳で!


タイムマシーンが完全に止まるまでは 


シートベルトを外さずにご着席願います。










ぉわっ?!!






・・失礼!

タイムスリップし過ぎました。





これは別に東方神起の先祖を探しに行く旅ではありませんからね!

2Uの先祖はちょっと拝んでみたいですが)





いや、確かに、

「ご先祖がいなければ彼らも生まれていなかった」

これは紛れも無く事実です。

いやしかし。



先祖じゃなくとも。もっと近い歴史でも。



もしも、韓国の音楽に

「ある人」がいなかったら、


ある意味で

彼らは、いなかったかも知れません。






そのある人物とは。









時は、1990年以前。 韓国。

東方神起の平均年齢・約5歳。

韓国という国は、ここ20年前後でぐんと経済・文化が発達してきたワケですが、

当時(20年前)の韓国(80年後半~90年)の音楽市場には

今のK-POPと呼べるようなアルバムなど、

全くありませんでした。





当時は

ほとんどの曲が、

trotと呼ばれるジャンルのもので。

(日本で言う、演歌みたいなジャンル)

若者の音楽と言っても、せいぜいクラシックギターを弾き語りするくらい





そんな時代と音楽を、

当たり前のように進んできた韓国社会に、

革命が起こります





それは





1991年、


ソテジ(taijiboys)のデビュー。


(そう、前回もブログで曲を紹介した、あの方。)






こんな事をいうのは恐ろしいものですが

断定します。

彼が居なければ、

東方神起というグループは

100%、この世に存在していなかったでしょう。






衝撃のデビューから、4年後に人気絶頂で引退するまで、

彼はただの社会現象でした。

彼が何かするたび、一般TV局での8時のニュースに報道されたほど。

国民が彼に送った称号は、「文化大統領」。





ソテジ以降の、若い歌手の99.9%

「ソテジに憧れて歌手になった」と、口をそろえた程の影響力でした。

彼が居なければ、

SMエンタがH.O.Tのようなアイドルを作る事もなかったでしょうし

そしたら、H.O.Tに憧れて歌手になったジェジュンやジュンスも、芸能界にはいなかったでしょう。

(そもそもHOTのメンバーも、当時は合言葉のように 「憧れはソテジ」と言ってたそうです。)





とにかくもう





韓国のK-POPは

「ソテジ以前と、以後に分かれる」と言っても

20代以上の韓国人ならば、誰もが「うんうん」とうなずくハズ。

(歌手ならば尚更。)






クラシックギターのバラードサウンドが、韓国音楽の全てだと思ってた国民にとっては

ソテジの出したサウンドは、センセーションそのもので。

しかも当時の韓国では、一般的に親しまれていなかった

「ラップ」
というものを

韓国で初めて、韓国語の曲に取り入れたものでしたから。

(当然、すべての曲の作詞作曲はソテジ本人。)






だからこそ

ソテジのデビュー曲「 ナン・アラヨ (I know)」は、

当時の表現で表すと、

「韓国で生まれるなんてあり得ない音楽」だったのです。






当時の子供から大人まで、

「ナン・アラヨ」には、頭をガツンと打たれるほどショックを受け、

当時子供だった私も、何度この曲を口ずさみ、何度踊りを真似したことか。

(東方神起のメンバーも、一般的な幼少時代を送ったのであれば

 おそらく何度もこの曲を口ずさみながら育ったハズです。 てかその頃はそれが当たり前でした。)







彼によって、

韓国の若者による「音楽」自体がガラリと変わります。

曲にラップの入るダンス曲が、爆発的に大衆化されるきっかけとなります。

(活動がひとしきり終わるとテレビ出演をひかえ、

何ヵ月後かに「カムバック」という形式でアルバムを出すのも、ソテジ以降から始まった文化です。)








では、

その伝説の曲、「ナン・アラヨ」

日本語字幕つきで、どうぞ。

(歌詞がなんだか気持ちとシンクロしてしまって、ちょい悲しいですが。)













とにかくもう、

演歌のような歌ばかりだった静かな時代に、あんな曲が韓国で生まれるなんて。

今聴いても凄いと思いませんか。






「いやいや、東方神起と関係ないし」

と言われればそれまでですが、

彼らの歌手活動の場に、大きな影響を与えたであろう人物の事を知るのも

なかなか面白いのではと思いますね。






だって、

実際に、

幼い頃、確実に口ずさんで育った証拠が、こんなところに。↓








「ナン・アラヨ」を仲良く歌う、JJユノユチョ。

↑ しかもこれ、

今回はソテジ特集にしようと決めて、

「こいつら、ナンアラヨとか歌ってねーかなー」とか何となく思いながら

本当に偶然付けた動画だったのに、

どんぴしゃで歌ってて正直めちゃくちゃビビリました。





まぁ、とにかく当時は友達とあんな風によく遊んだものですよ。

懐かしいなぁ。






でもって

ユノにいたっては





「地面にヘディング」1話のアドリブでも、一瞬歌ってたくらい。

ユノ的にも、相当好きな曲なんでしょうね。






そうした、歴史の一幕である「ソテジ世代」

彼の人気絶頂での引退により、

95年に幕を閉じ。






1996年。






SMエンタのH.O.Tがそれを受け継ぐ事により、




「1世代アイドル」の幕が開かれるわけです。




(ちなみに今の現状は、「2世代アイドル」時代。

まぁ、K-POPの歴史やら時勢やらを見るには

この「2世代アイドル」の時代も、

そろそろ終わりに近づいてる と見ていいでしょう。)





1世代アイドルの特徴

ほとんどのグループが「歌唱力よりも、ダンス重視」な事でしょうか。




そんなアイドル1世代の代表走者

HOTの他にも、

同じくSMエンタでデビューした




「神話(シンファ)」。


同じくSMの



「S.E.S」。


DSPエンタの



「Fink.l(ピンクル)」。




などが代表的ですね。

(ものすごい数のグループがありましたが、とりあえず代表的な4組。)




中でも、

その頃のHOT人気は凄まじいものでして。

実際、東方神起でも比べ物にならないくらいの絶大なものでした。

そんな、10代の女子学生の間で爆発的だったH.O.Tの人気に

唯一、ライバルとして対抗できたのが







DSPエンタで97年デビューした、「Sechs Kies (ジェッキ)」

(もちろん人気は、HOTの方が圧倒的でしたが。)




ちなみに私の一番左下のお方、

何を隠そう、私の(芸能人)初恋のお兄様





ゴ・ジヨン氏。

(99年の解散以降、今は一般企業人として生きてらっしゃるようです。)

彼の美貌は、芸能界引退した今に至るまでも「伝説」と言われるほどのもので。










ヴィジュアルじゃ今でも右に出るもの無し。

しかも、全くメスを入れてない自然産のお顔。180の長身。





※ どこまでも私の好みと、韓国人女子の感覚なので
皆さんの目にどう映るかは別とします。





当時、中学生だった私が

どれだけこの方の美貌に頭をやられてたかというと、




彼の高校卒業写真を

友達に見せてもらった瞬間、



あまりの美しさに


なんと学校で号泣という偉業を果たしたほどでございます。








「ジヨンオッパカッコよすぎるよおおおうえっうえっわあああん!!!」





や、もちろん、

今はしないっす。そんな。

幼かったんです。マジ。





芸能人と結婚したいとか願望してた年頃なんスから。

もう目は覚めましたッス。





それにしても、私今まで生きてて

芸能人というくくりを外しても、あんな素晴らしい卒業写真を見たことがありません。


(トンでさえ、卒業写真はかなり残念なものなのに・・・)





そんな美しかったジヨン氏も、もう30歳ですよ。

貴方そろそろ結婚時なんで、

早く私の目の前に現れてください。

明らかに目ぇ覚めてない件。






本当に本当に好きだったなぁ、と。

ひょっとすると、芸能人を一番純粋な心で好きだった時期だった。





多分、彼らの引退以降だったでしょう。

いくら誰かを好きになっても、どこか冷めた目で見てしまう様になったのは。

まぁお陰で、冷静な目で見つめられるようになったという利点でもありますが。





とにかく、HOTとジェッキは

ライバルとはいえ、本人同士仲良くつるんでたみたいですが。

問題は、両グループのファン同士の争い





全国どこの女子中・女子高のクラスでも、

HOT派かジェッキ派かに分かれてグループが作られてたほど。

(もちろん、圧倒的にHOT派が多かったですが)





その仲の悪かった事、悪かった事。

それはもう、

皆さんの想像を、恐らくはるかに超えた次元の戦争でした。

両グループの集まる番組となると、

ファン同士、必ずどこかでとッつかみ合いの喧嘩が起こってたくらいですから。






えーとまあ

何が言いたいかというと。


私がせっせとジェッキのファンをしていた頃、


ジェジュン氏はHOTのファンクラブに入っておられたワケで。






この頃から、私とジェジュン氏の悪縁は始まっていたワケなのですね。

・・よーくわかりました。はい。






まぁそれでも、

2000年にジェッキが引退宣言をした時には

あざ笑うかと思いきや、寧ろ一緒に泣いたり悲しんでくれたのがHOTファンだったのですけどね。

(あれだけ悪態ついてたのに。

喧嘩しながらいつの間に、情でも生まれてたのでしょうか。)






そんな彼らの解散舞台。

(とは言ってもフェスティバルだったので、単独舞台ではありません。エイネ的なもの。)

「一度も生のジェッキを見たことが無かった」悲しき私は

死に物狂いで親を説得し、

生まれて初めてジェッキのライブ会場に一人で行ったのですよ。

最初で、最後の。







大体この辺に座ってた記憶があります。

最後の舞台とは言っても、

引退にぴったり似合う超ブルーな曲を2曲だけ歌っておしまい。

という、なんとも寂しい舞台でしたが







それでも、最後の晴れ舞台を見れただけでも

ファンにとっては、慰めの舞台。




今でこそ、コンタクト依存症の私ですが、

中学3年生の私は、普通にめがね優等生(?)でして。


その日、私は


なんと。


なんと。


会場で、


人並みに押されてめがねを紛失する 


というミラクルを起こしてしまったわけで。





そうじゃなくても、

東京ドームばりに広くて遠い、ジャムシル競技場





私の最初で最後に見た、

生の彼らの姿は。








わあああああああああああああああああああん!

わあああああああああああああああああああん!






泣いたね。

いろんな意味で、泣いたね。

人間的に、見えなさすぎたもんね





あ、いかん。

当時の私がが可哀相すぎて、今でも泣ける。





きっとその日からですよ。

何が何でもコンタクト派になったのは。(トラウマっすね)






ま。ジェッキに関しては、

別に「解散するから悲しい」とかは、ありませんでしたね。

(そもそも、あまりメンバー同士仲の良いグループじゃなかったので。)

その頃の私は

ただただ、ジヨン氏が一般人になってしまうのが悲しかった





心の中で、

見えなきジヨン氏に、何度も何度も念じましたよ。






待ってますジヨンオッパ!

私、浮気しないで待ってます!

必ず、また私の目の前に現れてくだされ!





と。




そうやって、泣く泣く

ジヨン氏を涙で送った私ですが





浮気も何も。

その後、他のグループが目に入ってくるはずもありませんよ。

なぜなら、





ジェッキ(00年)と

H.O.T(01年)の、解散により

「アイドル1世代」が

幕を、閉じたから。






それ以後の数年間は、

1世代の頃の、あまりのアイドル行進に

大衆がそろそろ飽きた頃
だったせいか、

実力派ソロ歌手が歓迎される時代となります。

2002年頃がピークの実力派歌手世代は

いくら色んな事務所で、顔ばかりのアイドルをデビューさせても

ことごとく失敗するばかり。
(SMも何組か試みましたが、そのたびに大赤字。)





この頃から、

歌謡舞台ではライブ歌手が増え、

舞台で口パクなど出来ない時代となったのです。






実力派ライブ歌手が増え、

音楽市場には、ソロ歌手のアルバムが陣取るようになり、






アイドル暗黒期とまで呼ばれ、





国民の脳裏からは





いつしか、「アイドル」という概念すら





忘れられるようになりましたとさ。






そして






時は過ぎ















2004年。
















「2世代アイドル」の、

静かな幕開け。








そして私の猛烈な浮気の始まり。


PS.
序章、完。

どこまでも、メインは「2U」

PS2.
生きてれば、優しい人にもめぐり合える。
勇気を持って、励ましあって、生きて。
もう、死ぬなんて簡単に言わないで。

PS3.
皆さん、いつも本当にありがとうございます!
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